HOME > 夏の学校 > 第2回日本病理学会東北支部・病理学学生夏期セミナー

第2回日本病理学会東北支部・病理学学生夏期セミナー

(「病理夏の学校」)の報告
秋田大学医学部病理病態医学講座
榎本 克彦
 
1.第2回「病理夏の学校」を開催して-
 第2回学生病理学夏期セミナー(「病理夏の学校」)は、2003年8月22,23日に,秋田県田沢湖で開催されました。2日間に亘って4つの講演,学生CPC,総合討論,宴会,と息抜きのないきつい日程でしたが,参加された皆さんが最後まで集中し,成功裏に終えることができました.私自身にとっても楽しく充実した2日間でした.ホームページの画面をお借りして,今回参加し,またご協力いただいたすべての皆様に厚く御礼申し上げます.
 東北支部がこのような事業を実施した背景には,「病理学会がこれからの医学医療に対応して発展していくためには若い人を入れて活性化を図らなければならない」という強い危機感があると思います.昔のように黙っていても病理に人が来たり,何も言わなくとも学生さんが病理の面白さを理解する時代ではなくなっています.今回のポストアンケートでも,社会や学生に対する病理側のアピールの必要性が指摘されています.医学部の学生にとって,卒業するときにどの科を選ぶかは,自分の一生の仕事とその後の人生を決めることですから迷ったり悩んだりするのは当たり前です.今回参加した学生さんは,もともと母集団が病理に関心を持ってくれている人達なのかも知れませんが,それにしてもアンケートで12名(41%)が「病理へ進むことは選択肢の一つ」と答えているのはすごいことです.もちろん「まだ分からない」と答えた人が16名(55%)と多いのですが,「病理は一生の仕事としてやりがいがありそうだ」という種は確実に播かれたように思います.種から芽が出て花が咲くまでには,水遣りや日照条件などさまざまな要因が必要なのでしょうが,期待を込めて見守りたいと思います.
 最後になりましたが、日本病理学会理事長の森茂郎先生,日本病理学会東北支部長の手塚文明先生,ご講演いただきました増田先生,岩間先生,橋本先生,CPCのアドバイザーとして参加いただいた秋田市立総合病院外科の古屋先生,お忙しいなか本当にありがとうございました.
 
2.セミナー概要
 第2回学生病理学夏期セミナーは、2003(平成15)年8月22,23日の2日間,秋田県田沢湖で開催された.本セミナーは,学生達の病理学に対する動機付けを促すことを目的として,日本病理学会東北支部の主催で行われているもので,平成14年8月に山形大学医学部病理学第一講座(山川光徳教授)のお世話により山形県蔵王温泉で行われた第1回セミナーに引き続くものである.セミナー事務局は秋田大学医学部病理病態医学講座(分子病態学分野,腫瘍病態学分野)に置かれ,各大学および東北支部から選任された実行委員11名(委員長:榎本克彦)から構成される実行委員会が準備を進めた.今回も東北支部に属する東北6県および新潟にある大学医学部(医科大学),歯学部(歯科大学)から参加を募った学生および各地域の大学病理医,病院病理医による1泊2日の合宿形式として開催し,両日にわたって,病理医による講演,学生主導のCPC(臨床病理症例検討),自由討論会などを行った.また,今回は特別に,日本病理学会理事長の森茂郎先生(東京大学医科学研究所,癌・細胞増殖部門 人癌病因遺伝子分野)においでいただくことができた.
 会場は秋田駒ケ岳山麓の閑静な環境にあるホテル(田沢湖ハイツ)で,参加総数は58名であった.なお,参加者の内訳は病理医,教官,職員が19名,臨床医が1名,大学院生が9名,学部学生が29名(佐賀医大からの特別参加学生1人を含む)である.1日目(金曜日午後)は,講演1(増田友之先生,岩手医科大学医学部病理学第二講座),講演2(岩間憲行先生,坂総合病院病理科)に引き続き,学生CPCが行われた.2日目(土曜日午前)には,講演3(橋本優子先生,福島県立医科大学病理学第一講座),特別講演(森茂郎先生)の後,参加者全員による総合討論により締め括られた.以下にそれぞれのプログラムの内容を簡単に紹介したい.
 
3.講演
(1)森茂郎先生による特別講演:「医療・医学の中での病理学」
 森先生はまず病理学教室に入局し,悪性リンパ腫の研究に着手されるまでの思い出をお話しされ,その後,免疫学の研鑚のために医科学研究所からアメリカに留学され,血液学に免疫学を導入するために再び医科研に戻られるまでの経緯,さらに病院病理のお仕事を経て,43歳で教授となられてから,血液腫瘍学の研究に分子生物学を導入されるまでの経緯を語られた.次に,医療・社会の中での病理学の役割に話を移され,病理が医療の中で診断チームのキーパソンであることを強調されるとともに,これからは病理が社会に向けて発信していかなければならないと述べられた.さらに,サイエンスとしての病理学は疾患概念の確立を本務としており,これに基づいて初めて分子標的治療などの本質的な治療が可能になることを,ご自身の専門の悪性リンパ腫を例にとり詳しく解説された.最後に病理学会の今後の展望についてもお話をされた.
 
(2)増田友之先生による講演:「ぼくが病理屋になったわけ」
 最初に,機械いじりが好きで,工学部志望の子供であった先生が,10歳の時にリウマチ熱を発症した経験から医学部を志望するようになるまでのエピソードを話された.次に,学生時代,病理示説を通じて病理学の魅力にひかれ,病理学の大学院に進まれたこと,当時の里舘良一教授のすすめで消化器内科で1年間研修を行い,お得意のコンピュータを駆使して多変量解析で貢献したこと,2年目から病理学教室で画像解析装置とDNA量解析を使った肝研究に従事されたことを述べられた.大学院を修了し,内科学に戻ろうとされた矢先に国際肝炎ウイルス学会での発表の機会があり,病理学教室滞在を延長したことがきっかけで,病理を続けることになり,ドイツ留学を経て母校の教授となった経緯をユーモアを交えながら語られた.先生は「そのときどきの感性を大切にと」のアドバイスで講演を終えられた.
 
(3)岩間憲行先生による講演:「病理医をめざす人へ-病院病理医からのメッセージ」
 岩間先生は,岩間の「岩」はごつごつした岩のように見える進行乳癌のことで,癌は岩に由来するとのお話しから始められ,お母様が誤診により乳房切除,放射線治療を受けたというご自身の体験を語られた.次に,病理医の社会的認知度が日本では欧米と異なって低いことを指摘され,特に若い病理医が減少しつつある現状を示された.学生時代から病理学講座に顔を出し,卒業後,東北大学病理学第一講座で2年間研修した後,坂総合病院で1年間の臨床研修を経て病理専任となった経緯を話された.その当時の苦労談を紹介され,勉強しながら自分自身の力量を高める必要性を強調され,臨床医から信頼される病理医になるためには謙虚さが最も必要であることを述べられた.また,パラコート中毒の1剖検例が契機となり,使用法改善の社会的動きをもたらしたご経験を語られた.最後に,「私の最愛の人のために尽くすように患者様にも尽くしなさい」,「今の自分の姿で判断してはいけない」,「医師としてやりたい分野を明確にする」,「20代は失敗を恐れてはいけない」,「人にやさしく自分に厳しく」などのメッセージを学生達に伝えられた.
 
(4)橋本優子先生による講演:「私でも出来る(!?)病理医」
 橋本先生はまず,女子学生が増加しているのにもかかわらず,病理を志望する女性が少ない現状を述べられた.ご自身が病理学を選ばれた理由として,若さ(若狭)ゆえの思い込み(学生時代所属していた剣道部の顧問若狭治毅教授により病理のおもしろさを刷り込まれた),基礎上級,臨床実習でのCPCの経験,女性でも一生続けられる領域である,をあげられた.その後,病理学第一講座の大学院生となり,外科病理学,病理解剖を研鑚し,悪性リンパ腫の研究を行い,大学院終了後,講座のスタッフとなるまでの経緯,この間,出産,育児,ご家族の介護などの経験を通して感じられたことを率直に語られた.その後,小児科医のご主人が一足早く留学されていたアメリカの大学の病理学教室で,子育てをしながらMDSの実験モデルを作製された貴重な体験について話された.最後に,一所懸命に頑張れるのは自分で本当に興味のあることであって,ネガティブではなくポジティブに考えて自分の進路を選択していただきたい,と学生達にアドバイスされた.
 
4.学生CPC
 CPCは拡張型心筋症,糖尿病,慢性膵炎,膵癌の臨床診断がなされた77歳女性の剖検例を題材として行われた.セミナーに先立ち,各大学に症例に関する資料と15枚の標本(HEおよび未染それぞれ1セットずつ)を配布し,参加予定学生および実行委員にあらかじめ検討していただいた.プレゼンテーションは秋田大学医学部3年生,4年生それぞれ2人ずつが担当し,臨床的なアドバイスを主治医の古屋智規先生(市立秋田総合病院外科)にお願いした.進行は西川祐司(秋田大学医学部病理病態医学講座)が務めた.
 まず症例の経過説明,剖検肉眼所見について質疑応答がなされた.次に組織所見が呈示され,膵腫瘍の診断,慢性膵炎と膵癌の関連,糖尿病の原因,心病変の本態などについて活発な討議が行われた.特に,膵内に広範に広がった癌が,通常の膵癌なのか,それとも膵管内乳頭状粘液産生性腫瘍と考えるべきなのかについて,学生のみならず病理医,臨床医をまきこんだ興味深い議論に発展したのが印象的であった.また剖検により,心の病変は拡張型心筋症ではなくアミロイドーシス(ATTR沈着)にであることであることが判明したが,生前心筋生検をすべきだったか,病理診断を臨床医へどのように還元するかなど,病理と臨床をめぐる問題にも議論が及んだ.
 
5.総合討論「学生さんと考える医学・医療における病理学の役割」
 森理事長による特別講演の後,引き続いて全員参加による討論会が行われた.司会は手塚文明支部長(国立仙台病院臨床検査科)と榎本実行委員長が担当し,「夏の学校」を経験する前と後での病理に対する印象がどのように変化したかを各学生に発言してもらった.講演やCPCを通して医学・医療における病理学が果たす役割の重要性について再確認できたとする意見が多かった.一方で,病理の役割をもっと一般社会に啓蒙すべきであるとの要望もあり,実際にオープンキャンパスで高校生達にアピールしている福島医大,新潟大での活動が紹介された.最後に手塚支部長が,病理医はふつう患者と直接接していないが,病理医による正しい病理診断が適切な治療に結びつくことを強調された.